怪談、海辺の鳥居

ある日、僕は友人と海水浴に出かけることになった。
夏場ということもあり、海はものすごい人で、楽しめる雰囲気ではなかった。
そこで僕と友人は旅館の人から近づいたらあかんよと
いわれていた入り江に向かうことにした。
その入り江の周辺はあまりに流れが強く、泳ぎには向かなかったが、
それが理由であたりに人はいなかった。
僕と友人は泳ぐでもなく、入り江の近くで蟹や貝を拾うなどして過ごした。
時間がたって潮が引くと、近くの浅瀬に洞窟があるのが見えた。
その奥には石段があって、鳥居がいくつも連なっているのが見えた・・・気がした。
なぜ曖昧なのかというと、見ているとなにか嫌な感じがしたから。
どうしても見つめることが出来なかった。
「いくぞ」「あ、・・・うん」
僕達は入り江を後にした。

旅館に行くと、そこは妙に古びたところで、僕の部屋からあの入り江が見える。
どうも、あの入り江が気になって仕方が無い。
気になる理由としてあげるとすれば、
あの石段と鳥居を見た頃から誰かに見られているような
そんな視線を感じるようになったからかもしれない。
誰かに見られてるのかと周りを見回してもそれらしき人物は見当たらない。
だけど……たしかに誰かに見られているという感じだけはずっと残っていた。

夕飯を終えて、一日の締めに風呂に入ることになった。
あの奇妙な視線は未だに消えず、頭を洗っているとき
何気なく後ろのほうにシャワーの水をかけては
「お前、なんで水かけてくれるんだよ!」と怒鳴られる。
ぼんやりと二人で月を眺めながら話をしていると、
「じゃあ、オレは先に上がっとく」といって友人は出て行ってしまった。

そうして、どのくらいたっただろう?
どうやら知らぬ間に寝入っていたらしい。
今が何時なのかも分からないが、
電気が消えているところを見るに消灯時間は過ぎているらしかった。
月明かりを頼りに脱衣所の電気をつける。

・・・ジ、ジジ・・・

あの特有の音を響かせながら何度か点滅を繰り返してから明かりはついた。
着替えを済ませて電気を消す。
真っ暗な旅館の中を窓から差し込む星明りを頼りに歩く。
床のギシギシと響きは静かだから余計に音が大きく聞こえる。
二階へ上がり一番奥の部屋、俺一人で泊まる予定の部屋に着くと、溜息を吐いた。
なんだかんだで緊張していたようだ。怖くなかったといえば嘘になる。
部屋に入り、敷かれていた布団に入り横になる。
そのまま目蓋を閉じているとあっけなく眠りに落ちた。

・・・だが目はすぐに覚めた。
俺は再度目を閉じて寝ようとしたその時、

……タンタン、タカタン、タカタン、タンタン…

足音なのだろうか。スキップをするでもない。タップを踏むでもない。
けれどなにかのリズムに乗ってるような軽快な足音が部屋の外から聞こえてきた。

……ょ……みて……ょ…たし……

よく聞き取れないけれど、確かに声も聞こえた。
声はその足音に合わせて聞こえてきた。

……タンタン、タカタン、タカタン、タンタン…

……ょ……みて……ょ…たし……ここに……ょ…

俺は気になってドアの方に忍び寄ると耳を傾けた。
止めとけばいいのに、どうせいいことはない。昼間だって変な感じだったのに。
そうは思うが俺は誘われるようにそうしてしまった。

……タンタン、タカタン、タカタン、タンタン…

軽快な足音。楽し気なようにも聞き取れるその音に合わせて聞こえてきたのは。

……みてよ、みてよ……わたしをみてよ……ここにいるよ……そこにいるよ…
……あいたいよ……早くあいたいよ……
……ずうっと待っていたんだ……キミにあえることを……

そんな……ラジオから聞こえてくるノイズが混じったような薄気味悪い声だった。

ここに誰かが足を運んだ気配は無かった。
仮にやってきたのだったら床が軋むはずで、
声は、どうも遠くから流れてくるようだった。
脳裏に浮かんだのは見ていないはずの鳥居。
思った瞬間に、窓の、あの石垣に眼を向けてしまった。

・・・翌日、目が醒めると僕は入り江に倒れていた。