夏の怪談

登山口に小さな神社があったので、おみくじを引いてみた。

凶が出た。

意地になってもう一度引いてみた。
これもまた凶だった。
気味が悪くなったが、おみくじを投げ捨てて山に登ったのだという。
翌朝目を覚ましてみると、テントのロープに何かが三つ結わえてあった。
そのうちの二つは、彼が前日捨てたらしい凶のおみくじだった。
残りの一つは、誰が引いたか分からないボロボロに古びた大吉だった。

・・・夏ですね、怪談の季節です。
僕は偉い人たちの会談のほうが怖いと思うけど、
やっぱり、夏の夜を涼しく過ごすには怪談がいいと思う。
冒頭の話は怖い、というよりも不思議に和みます。
神様の優しさを感じるし。
日本の神様はひどく人間臭くて、だから親しみやすくて、
でも、だからこそ畏れ多くて、好き。和魂と荒魂。二つの気質。陰陽。
でも、僕は幼い頃に一度も神様にあったことが無いので、
自分が神様になろよう画策でもしてみよう。

では、もう一話

かつて、電話ボックスというのは心霊スポットの代名詞だった。
暗い公園で、そこだけが明かりで照らされて浮かび上がる。
中に入ると、外界から遮断されて、闇夜の向こう側には何も見えず。
ただ、顔の見れない誰かと話をする。
もしかすると、相手は僕のよく知るあの人ではないのかもしれない。
ふと気になる、疵、汚れ、落書き。
辺りはシン…と静まり返って、自分の話す声だけが響く。
これほどまでに身近で、不気味な場所は他にない。
そんな場所も、携帯電話の普及によって、いまでは廃れている。

「餓鬼の頃、肝試しに行ったあの電話ボックスってまだあるのかな?」
唐突に彼は言った。季節は夏、外の空気はじめじめと纏わりついてくる。
「さあ、最近は電話ボックス自体見かけねーから壊されてるんじゃないか。」
「じゃあ、確かめに行ってみようか」
夏の夜に特にやることも無くぼんやりしていた僕にそれを断る理由は無かった。

まだ僕が幽霊の存在を信じるほどに幼かった頃から、その電話ボックスはあった。
夜の何時だかにその電話ボックスに行くと髪の長い女の人がいるとか、
突然に電話が鳴り始めて、受話器を取ると死んだ人からの電話だとか。
そこら辺は、まあ何処にでもある話に過ぎなかった。
夏が来るたびに、僕と彼は何度と無くその話題を持ち上げては
ついに今日まで行くことは無かった。
理由は様々で、足が無いとか、場所が遠いとか。
でも心のどこかで怖くて、行かなくていい理由を探していたのかもしれない。
そのときは幽霊を信じていたから。

その電話ボックスは公園の中にあった。
ぼんやりとした薄闇の中で、それは煌々と明かりを照らす。
光に誘われるように、蛾や羽虫が辺りを飛び交う。
その光景の中で、もっとも異様なのはボックスに立つ女性だろう。
顔を隠すような長くて黒い髪。まさしく話に伝え聞く幽霊だ。
「なあ、あれ見えるか?」
「確かにいるね」
「どうする?」
「どうしようか、もしかして生きてる人かも知らんし」
「こんな時間にか?確かめようにもなぁ、本物だったら嫌だし」
「とりあえず様子を見ようか」

そんなこんなで僕達は30分ほど車から彼女を眺めている。
彼女は特に何をするでもなく、ぼんやりと立っている。
「なぁ」
「うん?」
「なにやってるんだろうな?」
「俺らは暇なんだよ」
「ちげーよ、彼女だよ」
「さあ、誰かからくる電話でも待ってるんじゃねぇか?」
「それか、誰かに電話をかけたくて迷ってるのかな?」
「どっちにしろ、電話がしたいんだろう」
・・・何故か、しんみりした空気になったのでその日は帰ることになった。

次にその電話ボックスに訪れたとき、
夜になっても明かりがつかなくなっていた。
工事予定の張り紙が張ってあったことから、もうすぐ取り壊されると知った。
その受話器が垂れ下がって、まるで廃墟のようになったそれは、
もう何処にも繋がらないのだろう。
少し感傷的になって、電話ボックスに入り、何気なく受話器を耳に押し当てた。
「・・・もしもし」
どこにも繋がらないそれは返事があるわけでもなく、なんの反応も示さなかった。
電話ボックスにはいるのが久しぶりすぎて出れなくなったのが恐怖体験だろうか。
蛾が明かりに寄せられるように、幽霊も人との繋がりを求めているのかもしれない。

後日、僕の携帯電話に非通知設定の番号がかかってくるようになった。