変異

飲食店で働いて、ふと奇妙なことに気がつく。
それは、食事をしている人全てが、僕の作った物を食べていることだ。
当たり前といえば、当たり前なのだけど、とても不思議な気分になる。
僕にとってはなんの変哲もない、いつもの作業の結果でできた商品。
でも、客にとっては自分だけの特別なもの、食事、身体の一部になるもの・・・。
それはとても変。だって、僕と彼らは、この商品という繋がりしかないのだから。
それでも、僕は今日も何百という人々の、食事の風景を彩っている。
人は一生に10万回の食事をするという。多いようで限られた楽しみ、歓び。
その中の一回を使って彼らは食事をするのだ。
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そんな彼らの中にも常連というのは存在する。
ほぼ毎日、昼と夜、らーめんを食べに来る人、
味噌らーめんと野菜餃子のチャーシュー抜きを食べる人、
地元のらーめんチェーンを懐かしんで味噌らーめんを食べる人、
深夜のテニスの帰りに夫婦でやってくる人、
よくわからないワンタン中華そばばかりを食べる人。
そのほかにも顔見知りはたくさんいる。
今日は変な日だった。土曜日ということもありたくさんの人が来たのだけど、
複数の常連や客に
「いつも美味しいけど、今日は今までで一番美味しい」といわれた。
とくにこれといった作業の変化はないのだけど、いいことなのだろう。
先輩社員は今日はホールに出ていたけど、やっぱり同じことを言われたようで、
「不思議だね、でもきっといいことだ」といっていた。
丼を湯煎しているからか、スープを適量とっているか、スープの濃度か、
麺を茹でるお湯の沸騰状態か、それとも気温のせいか・・・。
たくさんの理由がきっとあるのだろうと思う。
でも、それらはようするに美味しいものを作りたいと行動した結果なのだろう。
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「毎日、課題を決めて、そのように行動しろ。でないと進歩はない」
最初の店長の言葉。
「この会社で自分が一番だと思う分野を見つけろ」
今の店長の言葉。
「それは本当に美味しいのか?」
いまも問い続けている。いつだかから僕は美味しさを追求するようになった。
それはパートさんが「同じ材料なのにあなたの作るラーメンが一番美味しい」
といったからなのか「やっぱり、君でないとだめだね」と常連にいわれたからか
同じ材料で誰よりも美味しい、最高の状態のものを作ろうとしている。
まだ、発展途上だけど、最初の頃よりも美味しくなったのだと思う。
たくさんの美味しい、たくさんのご馳走様を聞くうちに、
僕の中でなにか変化が生まれたのかもしれない。
変異。
僕はなにになろうとしているのだろう?