満月

「月は太陽に追いかけられて、瘠せたり、太ったり、隠れたり、時には追いつかれ、
時には追い越して、いつもすれ違ってばかり。」そう、誰かから聞いた。
「どうして太陽は月を追いかけるの?」幼い日の僕はそう聞いた。
彼女は「月が大好きだからだよ」といって笑った。
「月は太陽が嫌いなんだね。いつも逃げてばかり。」と僕はいうと
「きっとそんなことはないのよ。月も太陽が大好きで、追いかけているの。
でも、いつもすれ違ってしまうものなんだよ。」
そのときは、どうして好きなのに一緒にいないのかわからなかったけど。
いまならわかる気がする。
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月は鏡。鏡は真実を映すモノ。嘘偽りなく世界を照らし、
昼には見えない世界の真実を明るみに曝け出す。夜は神の時間。
眠りにつくときに、神々は月の光に照らされて、動き出す。
こんな夜にはきっと、不思議なことが起こる。
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「寒いなぁ」そう呟いて白い息を吐く。
いつもよりも明るい周囲に気付いて、空を見上げる。
抜けるように澄んだ空、その天空の彼方に銀色に煌く月。
「満月か・・・」呟いては白い息を吐く。
古来、鏡はあの世と繋がっていると考えられた。
太陽の光を反射する月は、その意味で鏡の役割を担っている。
だから、太陽に生の象徴を、月には死の象徴を科せられたのかもしれない。
こんな夜にはきっとなにがあっても驚かない。今宵は満月なのだから。
「もっとも、国によっては豊潤の象徴でもあるがね」
月には女性的な象徴もつき纏う。それは優しげに世界を照らすからだろうし、
月の周期で、女性の経が訪れるからだろう。だからこそ、月は女性的なのだ。
「月が女性のようなのか、女性が月のようなのか」
いずれにしても、僕はこんな夜が嫌いではない。
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部屋に帰って明かりもつけず、酒を飲んでみた。
あまり好きではないけれど、飲まなくてはいけないのではないかと酒を飲む。
「・・・まずい」そういって、月を眺める。
そういえば、よく彼女に付き合って酒を飲みに行った様な気がする。
相変わらず、酒はあまり好きではなかったけど、
彼女と飲むそれは美味しかったのかもしれないと、いま振りかえって思う。
「このままでは、酒を好きになれそうもない」
ただ、静かに酒を煽る。月の雫だけが辺りを照らす。