ぽっきーの日

「市来さん、今日はぽっきーの日ですよ」とおもむろにSがいった。
「・・・?」そう、僕はこの日までポッキーの日の存在を知らなかったのだ。
全国区の記念日らしく、そこかしこでポッキーが投げ売られているらしい。
しかも、その理由が11/11←の線がポッキーに似ているかららしい。
そんなことを言うならば、これはプリッツでも、ナポレオンスティックでも、
チョップスティックの日でもいいのではないのか?
恐るべし、グリコ。チョコレートやキャンディーだけでは飽き足らないのか?
世の中、記念日が多すぎるという話。
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うちの会社は、営業に入る前に経営理念を唱和しなくてはならない。
なので戯れに「11月11日、ポッキーの日の朝礼を行います。お願いします!」
といってみたら、やる人やる人大爆笑。
どうやら本当に全国区の記念日らしい。別のブログのタイトルにもなっているし。
「あなたも私もポッキー♪」ってな感じ。
このフレーズの意味が未だにわからない。
「あなたも私も」まではいいのだが、「ポッキー」のくだりに
意味があるのだろうか?いやない!と国語の文法表現を使うのにも意味はない。
あなたも私もポッキーだったら世の中、骨折する人がたくさん居て大変だろう。
ところで、このポッキーという単語も商標なのだろうか?
よく無印やぼくのおやつなどで似たような商品を見かけるが、
ポッキーと銘打っていないような気がする。
たしかぽっきりおれるからポッキーだったような・・・。
なんで僕はこんなにポッキーについて語っているのだろうか?
僕は別の話がしたい。とぽっきり話の腰を折ろう。
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今日は防火管理責任者の資格をとるということで、
消防署の防火訓練に参加してきた。
消防署に入るのは初めてのことで、中は意外と狭い。三鷹出張所だからだろう。
まずは建物の広場で災害時に貸し出す機器の説明を受ける。
「これはプロ用の機器類でして・・・」
「ああ、油圧ジャッキですね。すごいなー、実物を始めてみた」
「おお、よく知ってますね。これは重さ役20tのものでも・・・」と、
マニアックな会話を20分ぐらい繰り広げてみた。雑学っていい。
会話の途中、サイレンが鳴り響き、
話に熱中していた若い消防士さんは行ってしまった・・・。
どこかで火事が発生したらしい。
次に水の入った消火ボンベを用いた放水訓練。
「あれにぎりぎりまで近づいて、よく狙って、はい放水」とやる。
「これは訓練ですけど、本当は火の根元を狙うんですよね?」
「皆さん火にばかり気を取られてしまい、変なところに放水しますけど、
発火している原因に水をかけないと火は消えないですね」と話していた。
実際に消火作業したらきっと気が動転するのだろうな。
次に心肺蘇生と人工呼吸の訓練。
最近の技術革新は凄まじく、心停止している被害者の心臓に
電気ショックを与えるシーンを医者もののドラマでよく見ませんか?
あれの携帯用のものが開発されていた。っていうか、はじめてみた。
あれは単純に心臓を復帰させればいいのではなく、
ある一定時間内を越えてしまうと後遺症が残ってしまう。
脳に酸素がいかなくて、最悪、植物人間の状態になるためだ。
そのため遺族や被害者にも負担が掛かるので心肺蘇生しないことがある。
しかし、この機械はそれすらも自動で判断してくれるという。
ああ、技術ってすごいと改めて感心した。
一連の講習はこれで終わり、防火管理責任者の話になった。
「うちの店舗にはまだいませんね。」と話すと、
「たまに食べに行くんですけど、昼はいつも行列で・・・」という話になった。
その流れで「また食べに行くんでよろしく」となり、
「今度の資格試験にはなるべく来てください。
店の避難訓練にも呼んでくれればいくんで。」言って下さった。
ご近所っていいな。
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その脚で、バスラーメンというこの辺では有名な豚骨ラーメンを食べた。
今、東京によく見かけるあっさりした豚骨ラーメンの先駆け的存在で、
その筋では結構有名な店らしい。実際に食べてみるとこれは豚骨か?
というくらい臭みがなくまろやかな味わいだった。
昔ながらの・・・といっては可笑しいかもしれないがひどく懐かしい味。
いい店なのだと思う。人柄とか、温かみを感じられる店だ。
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その後はぼんやり諏訪神社の境内で空を眺めてから仕事に入る。
仕事中、常連さんに「やっぱり、君が居ないと駄目だね。」といわれた。
先週は5連休ということでほとんど店に居なかったからだ。
店長からは散々なことを言われて嫌な気分になっていたのだが、
分かってくれる人もいる。一緒に働くパートやアルバイト、常連さん。
少し泣きそうになった。働く意味を実感したというといいすぎだろうか?
誰かに必要とされること、誰かのために生きること。
自分に興味がない僕にとっては、いつも“誰か”が重要になる。
こういう形もあるのだと少し思った。
少しずつ何かが変わっているのだろうか?