雪ふる夜に

深夜の1時くらいから降り始めた雪は、勢いを強めて明日は積もるかもしれない。
初めての雪道走行はとても幻想的だったと思う。
散りゆく雪は、窓に張り付いては仄かに溶けて、煌く光の残照へと姿を変える。
煌びやかに輝くそれはとても綺麗で、眼を奪われてしまう。
世界は一面の白に染まって、無垢な雪の上を走る。来た道を見れば、
そこにはひとつの筋道が残る。当たり前のことで、心、揺れる。
地熱で辺りに湯気を舞い上げる一帯にも、ミゾレになった白い成れの果てにも、
心と体温、奪われる。一口、それを含めば、純粋な水の味。切なくなる。
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今日、バイトを叱りました。何度も同じことを注意しても直らないので、
ああ、きっと、今日、怒らないとだめだなぁともう最初から決めていました。
怒るのは嫌い。辛いし、悲しいし、めんどくさいし、疲れるし、
曖昧なままでいれたらいいのにね。そして、同じ問題は延々と繰り返される。
でも、ここで連鎖を断たないと、禍根を残すこともわかってた。
もう、そんなに長くいれないここだから、全ての間違いを正そう。
嫌われようと、憎まれようと、大好きな店のために悪を背負ってみる。
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叱ると彼は震えながら、何も言わずに店から去ろうとする。
もしかしたら、辞めるかもしれない。その覚悟をした。
事務所で先輩社員と何を話したのだろう?暫くすると先輩がやってきた。
「市来さんはもう怒ってないよね?」と聞いてきた。
「・・・そういうことでなく、言うのであればちゃんと事の重大さを伝えて下さい。」
不思議そうな顔をして、事務所に戻って、暫くするとまたやってきた。
「今日は気まずいからバイトを休ませてといってるのだよ。一言いってもらえる?」
「水を飲んでからでいいですか?」
・・・2Lの水を飲んで、手と顔を洗って、暫く戻らなくてもいいように準備をして、
向かう。ここからが勝負だ。先輩に感謝する。怒りっぱなしでは駄目なのだ。
これは準備の前段階。きっと、引き止めるだろと思ったから怒った。
怒った瞬間、相手は怒られたショックで混乱状態にある。
そこで、逃がすと混乱したままで関係は悪化する。暫く、時間を置いて、
自問自答が終わった頃合に、本音をぶつけないと効果がない。
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「さっきは言いすぎた済まない」開口一番に言う。
反抗する気のある相手は拍子抜けして、自分も悪かったのではないかと思う。
「何故、君を怒ったかわかるか?」そして考えさせる。わかるわけがない。
色々、思い当たるだろうが、何も確信には至らないからだ。
「わかりません」と大概、答えるだろう。相手はきっと罵られると思っている。
「それは君がこの店で重要な位置にあるからだ」という。それは事実。
「僕は正直な話、君に期待してる。仕事を覚えるのが早いし、的確だからだ。
与えられた仕事はちゃんとこなす。覚えれば、この店の誰よりも仕事ができる」
「・・・ありがとうございます」「期待する分、厳しく当たってしまった。済まない」
「いや、自分も悪かったですし・・・」「この際だから不満を全部聞こうか?」
「いや、不満なんてないですよ。市来さんはいい人ですし。
今回の件は、自分も色々動いてたんですよ。でも、それを言おうとしたら、
市来さん、言う前に怒って・・・」「それは君が連絡をしないからだ」
「だったら空白の部分は適当に埋めてくれれば・・・」
「それは出来ない。君がどんな予定にあるのかわからないのに、それは出来ない。
だからこそ連絡が欲しい。テストが近い、風邪が辛い、デートに行く、
友人と遊びに行きたい。理由を言ってくれれば考える。
店のことを最初に考えるべきだろうが、それ以前に君らの方が大切だ。
君らにとって、店はバイトで、本当に大切なことは別にあることを理解してる。」
「・・・」「例えば、シフトを組むとき、いつも色々なことを考える。
こいつは休みを入れてやらないときついだろうなぁ、
借金をしてるといってたからたくさん入れてやろう、
次の日、テストだといってたから早めに上げてやろう、
なにも考えずにシフトを組んでるわけじゃない。君ら全体の生活を考えてる。
だから、連絡が欲しい。わかった?」「はい」
「・・・ここだけの話、僕はもうすぐ転勤するかもしれない。」
「転勤ですか?どこに?」「決まってない。多分、関西のほう」「そうですか・・・」
「僕も鈴木さんも一年近くいるから、タイムリミットが迫ってる。
僕らが抜けたときに、人員の補充はきっとない。来ても、きっと店は変わる。
正直な話、何人か辞めてしまうだろうとも思う。
だから夕方、君と渡邊と内田が中心になって支えて欲しいと思ってる。」
「俺もですか?」「そう、君もだ。」・・・暫くの沈黙。
「それで今日はどうする?」「・・・働かせてもらいます。」
「そうか、よろしく。では、行こうか。」
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そうやって、何事もないように振舞って仕事をする。
終わって、他の外食産業の役員も勤める、パートの人と二人きりになった。
「いやー、今日はさすが市来さんだなぁと思いましたよ。」といわれた。
「なんのことですか?」「今日、ちゃんと叱ってたじゃないですか。」
「ああ、少し後悔してます。叱らないのが一番いいと思いますし。」
「いいや、あそこでバシッといわないと駄目ですよ。
市来さんはあれですね。決めたことは一本、筋が入ってるって言うんですか、
筋が通ってるから、言ってることも正しいし。
鈴木さんはあのあと仲裁役がとかいってましたけど、誰かが叱らないと。」
そんなこと言ってたのか先輩。なんとなくわかるけど。怒るの苦手そうだし。
「辛い役目ですよね。憎まれ役って言うんですか。誰かがはっきり言わないと」
「いや、そんなつもりでは」
「店長が言っちゃ駄目なんですよね。店が息苦しくなって。
部下が厳しいほうがいいんですよ。で、店長とかがフォローして和を保つって。」
その後も色々と話をしたけどさすがに長く務めてるだけあって、説得力がある。
尊敬します。後悔していたので重くなっていた気持ちが少し軽くなった。
「ありがとうございます」「いやいや、正しいことをしたのだから自信を持って。」
僕は正しかったのだろうか?といま思う。完全でもない僕が言ってよかったのか?
やっぱり、言わずにすむのが一番いい。今回みたいに上手く行けばいい。
そういえば、前回の内田さんのときも上手く行ったけど、駄目だったら?
怒るのは本当に最後の手段だ。
「怒られるよりも、怒るほうが辛いもんですよ」といわれた。
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その後も店について色々話をした。
同時提供の大切さとか、本部と現場の関係とか、ミーティングを開くべきだとか。
本当に勉強になった。色々、やっていいんだと思った。
明日からは心を入れ替えて仕事をしよう。
とりあえず、ブロック長宛にレポートでも書こうか。