文化祭

看板に縛られて哭く犬を見つめながら思う。
文化祭にはいまや文化の欠片もないと。
あまりにもその犬が暴れていて、首に紐が巻き付いて苦しそうだから、
紐を直してやる。飼い主は祭に夢中で、犬のことを忘れたのかもしれない。
すると、その暴れっぷりは激しさを増して、手首を咬まれた。
痛い、すこし神無さんのことを思い出して、そういえば来年は戌年だと思った。
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今日はバイトの大学の文化祭。
彼はチョコバナナ1本100円というものを売っていた。
僕は生まれてこれまでの選択肢の中に入った事のない物質を前に戸惑った。
そういえば、あれだ、エクセル東急のビュッフェでなぜかあったなぁ。
あれ以来、食べていない・・・というかあれが初めてだったが、
チョコとバナナは単独で食べるべきだと僕は思うわけですよ。
とりあえず「・・・そんなバナナ」とボソッと呟いてから意を決する。
「あ、イチキさーん、買ってくださいよ。おまけしますから」
「ありがた迷惑だ。チョコバナナ、チョコ抜きで貰おう」
「なんすか、それ。」笑いながらバナナにたっぷりとチョコをつけてくれた。
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辺りを見回すとやはりみんな楽しそうだ。
熱にほだされた空気というのは文化祭特有のものだろうな。
みんな見事に浮ついている。
少し外れれば、祭の喧騒が嘘のような場所に行き着く。教室棟だ。
少し大きな吹き抜けのホールに教室が並んでいる。
辺りには人がいない。パキッとチョコバナナをかじる。
意識が混濁としてきて、不思議な感覚に陥る。
「・・・またか。」たまに起こる白日夢が始まる。
目の前を誰かが過ぎる。よく知った顔だ。正直、もう見たくない顔でもある。
「よう。」そういって顔を歪めて奴は笑う。
「喰うか?」そういって、ところどころひび割れたチョコバナナを指す。
「幻がそんなもの食うかよ」本当に嫌な笑いだ。
「嫌に自覚的な幻じゃないか、そのくらいのことやってみせろよ」
「自覚しながら幻を見るお前ほどじゃないさ。」
ジクリとさっき咬まれた手首が痛む。
「失せろ。消えろ。反吐が出る。気分が悪い。塵は塵に帰れ。」
「やれやれ、久しぶりの再会だというのに。」
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遠くから祭の喧騒が聞こえる。誰かが来たようだ。
やれやれ、何なのだろうね。また不安定になっているのかな。
その後、適当に展示物やライブを眺めて、帰りがてらにパルコによる。
いつのまにか天野月子東京エスムジカACIDMANが新曲を出していた。
特にACIDMANは買ってしまおうかと思うほどの出来栄えで驚く。
もうすぐ、秋が過ぎて冬が来る。あの頃からなにか変わっただろうか?
少なくとも、もうチョコバナナは食べないだろうと思った。